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謎の講師の日常 - パソコンでドイツ語をカテゴリのエントリ

突然、筆者のパソコン事情が大きく変わった。まず、先に挙げたプリンタ、キャノンのVJ-10V Liteに寿命が来た(T_T)試験問題の印刷をしなければならない時期だったので、慌ててヨド○シに走り、同じキャノンのVJ-M70とやらを購入。カラープリンタである!(もちろん、この文を書いている時点で現役である)

そして、何を考えたか家族からのプレゼント(理由は不明だが)で、SonyのVaioシリーズのC1をもらう。なんと、Windows Meである!いやそれどころか、DOS-V機である…というと用語が違っているような気もするのだが、要するにNEC98ではなくなったのである。フロッピードライブがAだって(笑)そう、NEC98とはドライブの指定が違うのだ。ディスプレイ画面右下のアイコントレイの表示もあか抜けた感じがするし、やはりWIN98を飛ばしていると感動が大きい。(実は、ワープロ・パソコン以外の電化製品では大抵、このようにモデルチェンジを数回飛ばしてから新しいのを買うという、物持ちの良い生活をしているのだった。メーカー勤務の義兄曰く、電器屋の天敵である、と)

実は…と告白すると、ホームページを公開し始めた頃に、たまに閲覧して下さった方から、「○○についての文章を読んで下さい」などとWORD文書の添付ファイルを貰ったことがあった。しかし、WIN98対応のWORDだと、95では読めなかったのでした(涙)ごめんなさい…。しかし、Meになってからは、たとえ論文の書式についての指示がWORD98文書で送られて来ても問題なし(^o^)よくぞ新しいのにしておいたものだ。

InternetExplorer も5.Xになり、そうか、ネットサーフィンしている人はこのような見え方をしているのか、と感心したり冷汗をかいたり。ウムラウトについても、Internet Explorer 3.0及び4.0 で<SELECT><OPTION> fährt</SELECT>を、 Internet Explorer 3.0で<TEXTAREA> Bücher</TEXTAREA>などを表示させようとすると文字化けしたのだった。しかし、さすが新しいバージョン、表示できるではないか!比べてみた私も、その何と言えば良いのか(T_T) どうもこの頃から、Netscapeではなく、IE寄りになって来たような…(汗)Opera というのも試してみたのだが、これもウムラウトOKである。良かった。

ご存じの方も多いと思うが、このVaioのC1というのは本来、モバイル機である。当然のことながら画面が狭い。この機種は何故か横幅は充分に取ってあったが、いかんせん縦が短すぎ(1028×480)、ホームページ作成にはやっぱりちょっとばかり不便だったりした。それで、およそ1年ばかり使い倒した後、やはりVaioシリーズのSRをゲットする。何とXPだ!これもどちらかというとモバイル機の範疇に入るかも知れない。現に、持ち歩いている(笑)しかしながらモバイル機のC1、カメラが付いていたりするのだが、Meを起動させているうちにシャッターチャンスはとっくの昔にどこかに行ってしまっているのであった(^_^;)Meは起動が遅いのが難でしたね。XPのありがたみは、起動が(比較的)早いことだろうか。
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ホームページを作りはじめた頃はまだ、NetscapeNavigator3.0 が人気だったと思う。InternetExplorer は、3.0で、やっとフレームの表示ができたり、背景に画像を使えたりするようになった、そんな時代であった。(余談だが、その97年~98年頃で更新の止まったホームページもたくさんあるそうである…(^_^;))

ホームページを作っていると必ず悩むのが、Netscape と IE の見え方の違いというやつである。しかも、バージョンごとに差があり、いつも、レイアウトには頭を痛めるのである。冗談ではなく、最初 Netscape で作っていて IE で開いてみようとすると、うまく表示されなかったり、IE で作ってから Netscape で確認すると、きゃっと叫んでしまったり(^_^;) Netscape が良いか、それとも IE か、という問題には、何となく心情的に Netscape を応援したいと思っていたので(笑)私のホームページ作りは主に NetscapeNavigator3.0 と NetscapeNavigator4.X を使っていたのであるが、ところがどうしてもIE に軍配を上げざるを得ないことがあった。今さら言うまでもないことだろうが、IE では「日本語とドイツ語の混在」が可能なのだ!つまり、日本語の文字とウムラウトを同時に表現できる。この一点のみでも、どうしてもIE を無視できない。むむ…。

ホームページを作って公表するなら、できるだけ両方のブラウザに配慮した形で作って行かなければならないだろうが、また、IE だとセキュリティが云々の話も聞いたような気がするけど、しかしローカルで、インターネットにアップしないのなら話は違う。そう、InternetExplorer3.0をワープロ代わりに使うことを思いついたのである。日独混在してプリントアウトでき、ファイルサイズも小さくて済む。おお!

解答欄のための空欄は、フォームを利用する。<INPUT TYPE="text” SIZE="25″>のように、タグを指定。ホームページ作りの経験がある人に、「こうやって問題を作っているのだよ(^^)」と見せると、「解答欄が狭くてかわいそう」と言われた(^^;)問題によっては、<TEXTAREA COLS="80″ ROWS="2″></TEXTAREA>のようにタテヨコのサイズを指定してみたり。教材用にコピーを取っていると、「まるでホームページみたいですね」と話しかけられたこともありましたっけ。なんと言うか、その通りなんですが(笑)

まるでホームページ…いやまさに冗談でなく、そうやって作った問題などを、サーバーにアップしておくのもよいかな、と思いついたのであった。もちろん、他人さまに公開しなくて良い訳で、隠しページ(汗)で自分用の控えとする。そうしたら、たとえ忘れ物をしても、行く先々の学校で、講師室にパソコンとプリンタがあればそれを利用し、なければ知り合いの先生に頼み込んで印刷させてもらえばそれでよい!おお、なんとグッド・アイディア!!(←全然大したことはない)もっとも、そのような緊急避難的な使い方はまだしておりません。
WIN95 というからには1995年、日本ではちょうど秋の独検が行われた日、WIN95が発売された。独検の試験監督のバイトをしていたので、印象に残っている(笑)

先に書いたPC98の486機に、WIN95のインストールをしたので、なかなか苦労した(T_T) ハードディスクをまっさらにフォーマットして、まずDOS、それからWin3.1、しかるのちにWIN95のセットアップ。CD-ROMのついていないパソコンだったので、フロッピーディスクを一枚一枚抜き差ししたのだった(涙)(あとで聞いた話だと、まず、WIN95用のフロッピーをすべてハードディスク内のどこかのディレクトリにコピーしておくと良いとのことであった。なるほど、その手があったのか!)

そして、持っていたソフト類を、WIN95用のものと入れ換えた。32ビット対応とかいうやつである。ようやく、WIN95環境が整った…とはいえ、PC98の486機、画面をいっぱいには使えなかったので、大変に狭かった。PC98を使うときには、(普通の状態では)ちょうど、ハイビジョン対応のものを普通のTVで見た時のように、ディスプレイの上下にあまりが出るのであった(汗)20行表示というやつだっただろうか。そのうち、やはり不都合を感じて、同じNECの Lavie Nr12 を購入、800×600の画面で作業するようになった。まだ98機であった。

WIN95では、「言語」を選択することができ、「ドイツ語」もインストールすることができる。私は、それは使わず、ドイツ語を入力する時は、エディタのフォントを欧文文字も表示できるもの、courier new などに変えて、必要があればエディタ専用のマクロを入手して、打ち込んでいた。いや、現在形で、打ち込んでいる、が正解だろう(笑)前に書いたように、入力するときはウムラウトを使わず、あとで一括変換することも多い。もちろん、日本語と混在はできないが。日本語と混在させたいとき(試験問題を作るなど)は、ワープロソフト、WORDなどを使うこともある。(今では別のやり方もしているのだが、それについては後述)

エディタは、Win3.1時代から引き続き、秀丸を使っていたので、欧文文字というものはフォントを変えてやれば表示されるもの、と単純に思い込んでいたが、実はエディタにより、対応していないものがあるのだった。私が試したことのあるものの中では、秀丸の他、Emeditor (フリー版にドイツ語メニューのものがある)が表示できたが、少し前まで使っていたAkira (シェアウェア)で欧文文字が表示できなくて、残念な思いがしたことがある。これは、エディタとメーラーが一緒になっているのが特徴の一つであり、重宝していたのだが、この点が何とかなればなあ、と思っていた(←過去形であることに注意!)。おそらく、今では欧文文字にも対応しているはずである。やや曖昧な書き方をしたのは、その後Akiraではなく、同じ作者のDinoX(同じくエディタ、メーラー版もある)を使うようになり、それがある日、ウムラウト等の表示に対応したので(拍手!)、多分、そちらの方も対応したのでななかろうか、といういい加減な憶測を述べている(汗)

その後、世間ではWIN98が発売され、WORD等もバージョンアップされたのであったが、私自身は、長らくWIN95のままであった。面倒な(という話だ)バージョンアップ作業をしたくなかったのもあるが、何といおうか、あまりバージョンアップの必要性を感じなくなってしまった、と言えばいいのか…。それどころか、突発的にDOSが懐かしくなり、時々DOSモードで作業したくなるときもある。もっとも、DOSだけにするには、インターネット環境を整えてないし、ブラウザもないので、ホームページ作りには困りそうであるが。

パソコンを使い始めて以来、ずっとウムラウト問題、つまり日独混在させるにはどうするか、ということが悩みの種になっていたが、インターネットが普及している今日この頃、思わぬところで道が開けたような気がしている。もちろん、ブラウザを使った表示である。それについてはまた、章を改めて書くことにしよう(^_^)
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Win3.1というのも使ってみようかな…というわけで、DOSとWin3.1とが共存することになった。つまり、パソコンに電源を入れた段階ではDOS、そして必要があればWin3.1を起動するようにセットしていた。(既に、雑誌の付録等からフリーやシェアのソフトをインストールするのに抵抗がなくなっていた。ψMENU とか HSB とか、今思い出すと懐かしさに涙を流しそうなツールを使っていたのであった)

もちろん、ディスプレイはカラー化され、NEC の PC9821Nd 、486機で、メモリは16メガ。ハードディスクは、340メガ。進歩したものである(笑)その後、ハードディスクが壊れたりして、500メガのを買ったりしたのであった(汗)ハードディスクというものは壊れるもので、しかも、大事なファイルに限って取り出せないものであることを学習した。(現在、使っているところが壊れやすいのだ、とコンピューターソフト屋の友人は言っていた定期的にバックアップが必要なのである(汗)←当たり前)

そして、Win3.1用に、ワープロソフトのWord を使い始めた。そして、エディタで作文して、ワープロで清書するというパターンができあがった。エディタとワープロの違いと言うと、乱暴に言ってしまうと、エディタは原則としてページで区切られているわけではなく、また、文字の修飾機能とかも持っていない。ひたすら文章を入力するためのものである。そうそう、画面の右端ではなく、改行するまでが一行、という数え方もする)

DOSモードで文を書くときもあれば、Win3.1で文を書くときもあり、気分に合わせて使い分けていたりした(笑)、Win3.1では、エディタは、WZもインストールしてみたものの、結局秀丸を使うようになった。辞書も、DOSと、Win3.1と、データ共有できるものを使っていた。

さて、エディタ作文→ワープロ印刷 であるが、まず、エディタで作文する際に、ウムラウト文字を"a “o とか、あるいは a” でも、また、別の記号を使ってでもマークしておく。そして、ワープロソフトで読み込み直して、"a などを ä のように置換するのであった。(Netscape Navigator だと、ウムラウトが表示されませんm(__)m)

初めからワープロソフトを使えば良いじゃないか、という考え方もあるだろうが、そこはそれ、ワープロ同志の互換性の問題があって、テキスト形式で保存しておきたかったのである。

実際の作業では、大文字・小文字のウムラウト及びエスツェットで、7回置換する必要があるわけだ。時に、研究室で大の男が額を寄せ合って、「置換できない」「置換できない」と騒いでいたが、音で聞くと大変に無気味である(T_T) また、置換間違いすると、なかなかお茶目で、、、たまに、"a を、間違って u-Umlaut に変換してしまったりして、珍妙な単語が出来上ったことがあった(^◇^;)

この時、ウムラウトをeで置き換える、つまり、Maedchen のような書き方をすると、例えば Frauen とか書いてあるところの ue も、置換されてしまうので、必ず何らかの記号でマークしておく必要がある。このマークする記号は、以前はウムラウトとイメージの似ている ” を使うことが多かったが、ホームページを作るときに、"は多用されるので、一括置換するのに怖いものがあるのと、何かのエラーの原因になるかも知れないので、最近では$とかを使うようになった。(余談だが、非文のマークの*も、コンピューター的には別の、しかし重要な意味があるのですね(汗) → ワイルドカードですね)

ところで、WORD で置換するときには、入力ウインドウにウムラウト文字を直接入力できず、クリップボード経由で持って行って、、、という手順を踏まなければならなかったと思う。これは、WIN95 になっても、変わらなかったはず…。

なお、エンデのMomo をパソコンに打ち込んでみよう、などという無謀なことを考えたのも、Win3.1時代のことであった(涙)
ある日、私は後輩のお古のパソコンを譲り受けた。いや、下取りした(笑)その時まで、私はパソコン、コンピュータについての知識は全くなかったと言っても過言ではない。私の世代では、コンピューターソフト屋に就職した人がとても多かった。連中同士が話し始めると、全く話について行けなくなったりしたものだった。(だから、私がパソコンを触り始めたとき、パソコンと無縁の生活をしていた友人どもは、「裏切り者!」と言ったものであった)当時はまだまだ、パソコンを持っているなんて言うと、時代の最先端を走っているイメージがあったかも知れないが、しかしコンピュータを持っている知人を見ると、まあその、オ○ク。よく言って(爆)パソコンをいじり倒しているうえに、パソコン通信までやっているなんて人種は、完ぺきにマイノリティであったと思う。

さて、私が手にしたパソコンは、98ノート、PC9801 の白黒ノートパソコンだった。他人に譲ってしまったので、詳しくは覚えていないが、40メガのハードディスクに、メモリを8メガも載せていたのだった。すごいでしょう(笑)後に自分で120メガのハードディスクを買ったときには、「あっ、ずるい!」と言われたりした。もちろん、その後Win3.1を入れるようになったりして、メモリやディスクの容量は増える傾向にあったとはいえ、メモリを32メガも載せている人は、何考えているんだあいつは、とか言われていたのである。今から考えると、のどかな時代であった。

パソコンのいろはは、元の持ち主から教わったもので、当初は全く素直に従っていた。失敗をコケにされても、文句一つ言わずに(笑)それはともかく、初めて手にしたパソコンにインストールされたものは、エディタ(VZ)。これを使って文章を書くのが当然のことだ、と思い込んでしまった。ファイル管理は、フリーソフトのファイラー。しかし、いきなり初心者でこのようなパソコンを使うのは、世間一般ではかなり非常識なのかも知れない、と学習したのは、後になってからである。当然、「コマンドまたはファイル名が違います」というフレーズとお友達になった…。

そして、これまでワープロでしこしこ作文していたのが、パソコンで、厳密にはエディタで文章を書くようになった。ワープロよりも反応は速いし、辞書も賢い。1文書の容量だって、全然違う。とはいえ、ある意味ではワープロ時代よりも退化したようにも感じられた。ウムラウトをどうやって表示するの?これは確か、エディタのマクロか何かで出していたと思うので何とかなったが(ややうろ覚え)、日本語と混在して表示できなかったと思った。それに、印刷するときに文字化けして、ウムラウトが表示できなかったのだ!「ええ?パソコンってウムラウト出せないの?なあんだ…」と反応した人も、少なからずいたと思う。まだまだ世間では、印刷してなんぼ、という雰囲気があったし、それに、自分でもプリントアウトする必要があった。発表要旨を作ったりする場合ですね。さて、どうする?うろ覚え気味なので申し訳ないけれども、確かSIMというフリーだかシェアだかのツールを入れて、そしてIBMのコードに変換して(多分)、それから印刷していたのであった。(ただし、欧文のみである。日欧混在はできなかったはず)印刷するのも、type filename > lpt1 とかいうコマンドではなかっただろうか。リダイレクトである(笑)わけわからんことやってる、とお思いの方も多いことだろう(汗)ほとんど役に立たない情報である。なお、このリダイレクト LPT1 とやらで印刷するために買ったプリンター、キャノンのVJ-10V Lite であるが、今でも現役で使われているのである。(物持ちの良いたちかも)

パソコンを使うようになって、GREP という技があるのを知った。ある文字列を検索して表示するもの、とでも言えばよいだろうか。これにはまってしまった。もし、電子データ化されたテキストがあれば、そこからある語句がどのように使われているか、いっぺんで表わすことができるのだ。テキストファイルの独文ないかなあ、とひたすら捜し回ったのもこの時期である。(あまり甲斐はなかったような…)

パソコンをいじりだしてしばらくすると、色付きのものが欲しくなった。(ゲームやりたさのせいだ、という説も流れたようであったが)カラーが表示できるものに買い替え、そして Win3.1 も使ってみようかなあ、と思い始めるのであった。
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初めてワープロというものに触ったのは、大学生の頃、サークルの先輩が持ってきたものを触らせてもらったときだった。当時は、ワープロが普及し始める頃で、ウインドウは一行だけ。それでも、手書きではない文字が紙に印刷されて行くのは、大変珍しく、便利そうに見えた。

そして、初めて買ったワープロと言うのは、なんとウインドウに4行も(!)表示できるものだった。機種は東芝の Rupo であったが、身内の勤務先であったことと、確か、欧文文字が表示できるという強味があったと記憶している。そう、「ウムラウトが出せる」というのが、チェックポイントの一つであった。出ない場合は、自分で作って、外字登録するんですね。ない文字については、自分で作ったりしたものだった。登録した外字を組み合わせて、ロゴを作ったり、とかしたっけ(^^ゞ

そう、当時はまだ、第一水準の漢字が出せる文字で、第二水準漢字搭載なんていうのは珍しかった。(これも Rupo では早い時期に配慮されていたと思った)「親鸞の『鸞』の字が出ない~(泣)」などと嘆いた人も多かったことだろう。私の場合、身内をはじめ出ない漢字の名前の関係者ばかりだったので、登録しまくりであった。

フロッピーで文章を保存、なんてのも私にとっては画期的であった。まるでディスクのすき間を埋めたいがために、日記でも読書感想文でも、要するにたいしたことない文章を書き綴ったものだった。あっ、今のHP作りと大差なかったりして(汗)

当時は卒業論文とか、ワープロで書いたものを認めるかどうか、揉めたりしていた学科もあったようであった。タイプライターは良かったのに?文や単語を自由に入れ換えることができ、しかも校正の跡が残らないというのは、文章の書き方を根底から変えた、と言っても良いかも知れない。それ以前は、下書きして、赤鉛筆(でなくても良いが)でチェックし、文や言葉を線を引いて消したり、つけ足したりして、そしておもむろに清書するというやり方しかなかったのだ。そして、達筆でないものにとっても、ワープロという機械は福音だったのであった。

私がワープロを買い始めた頃は、次々と各社で新製品を出し、どんどん進化して行った。ディスプレイが20行になり、それに液晶バックライトというのが付き(そういうしくみがない時分は、机上スタンドのクビをまげ、ディスプレイの後ろに持って行ったりもした(笑))、保存できる容量が増え、、、今思い返してみると、都合4台くらい買ったような気がする(汗)もしも、ワープロ(とパソコン)につぎ込んだお金を、みな貯金していたら(接続法第2式!)、、、と考えると、ううむ、と呻きたくなってしまう(爆)

しかし、自慢じゃないが、使い倒した、という実感はあった(笑)住所録を作って年賀状印刷もしていたし、書いた論文は、ええと(汗)おまけに、Rupo 用のゲームまで持っていたぞ(汗)

ところで、ワープロにはワープロの限界があった。熱心にフロッピー保存したところで、各社の互換性がなかったのだ。まあ、他人様には印刷して見せるものだったので、取り立てて不便、と言うほどのことはなかったのかも知れないが。そういえば、感熱紙と言うのが必需品でしたね。(そういうものは、ドイツでは日本よりも高かった、という記憶がある)しかし、誤植は印刷されてから発見されるという法則は、今も昔も変わらないものであるな。

さて、ワープロの進化にそろそろ先が見えたかな、これ以上買い替えなくてもいいかしらん、と私が勝手に思っていた頃、パソコンの世界を知ることになる。実際には、カラー化されたり、パソコン通信ができるとか、MS-DOS 互換性がなんたら、と進歩し続けたのであったが。
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